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教員インタビュー vol.3



土屋 結城
Yuki TSUCHIYA
文学部 英文学科 准教授
専門分野・専攻/イギリス文学

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[プロフィール]津田塾大学学芸学部英文学科卒、津田塾大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了後、後期博士課程満期退学。2007年実践女子大学に着任。2013年より現職。

芸術的な文学しか価値はない?
娯楽作品の意義を追究し、
文学研究の新たな地平を切り拓く。

文学史に残る作家も、メロドラマを書いていた!?

 土屋先生のご専門は19世紀イギリスの小説。特に、トマス・ハーディの作品を中心に研究を展開されている。「ハーディはまさに“古き良きイギリス”を体現したような緑あふれる南部の農村を舞台に、地域の中での人々の結びつきを描いた作品を発表しました。後期になると徐々に作風が変化し、他地域から人がやって来たり反対に地域から人が去ったりして、地域の共同体が崩壊する様子を描いた作品が増えていきます。また、後期作品は結婚問題や女性の生き方に焦点を当てたものも多く、代表作『ダーバヴィル家のテス』をはじめ翻訳されたり映画化されたりしています」
 芸術的な価値が高いとされるのは後期作品だが、自分自身は前期に書かれた作品の方により心惹かれる、と先生は語る。「前期の作品は、一人の女性を二人の男性が取り合ったり、殺人事件が起きたりとドロドロしていて、ある意味、娯楽的な“メロドラマ”を思わせる雰囲気があります。深刻なモチーフを扱う後期作品に比べ、こうした前期作品は軽く見られがちなのですが、単純に、読んでいて面白いのです。文学史に名が出るような作家にもこのような作品があるのだと、もっと多くの人に知ってもらいたいと思いますね」

文学は、一部のインテリ層だけのものなのか

 先生は2014年度、在外研究でイギリスのレディング大学に1年間滞在した。そこで取り組んだのが、「19世紀における、中産階級向け小説と労働者階級向け小説との関わり」の追究である。「近年、文学研究の意義が問われるようになっています。“文学研究に価値があるか”という問いが生じるのは、文学が一部のインテリ層、限られた教養ある人向けのものだとされている風潮があるからではないか、と考えました」
 実際、階級社会のイギリスにおいても、文学として確固たる地位を築いているのは、トマス・ハーディ作品をはじめ一定の教養ある中産階級を対象に送り出された作品である。先生が専門とする19世紀当時、安価に手に入る労働階級者向けの小説も流通していたが、長い間、それらは研究の対象とされるほどの価値を認められてこなかった。「けれど、先にお話ししたように、ハーディ作品にもメロドラマの要素があるなど、どうも労働者階級向け小説の娯楽的な手法が取り入れられた形跡があります。高尚な、芸術的価値の高いとされている中産階級向け小説と、下世話だと軽んじられてきた労働者階級向け小説の間には一見断絶があるように感じられますが、実は違うのではないかと考えるようになったのです。そこでレディング大学ではこのテーマを追ってみることにしました」

労働者階級向け作品には「楽しんで読める」魅力がある

画像イメージイギリスのデータベースに収録されているペニー・ドレッドフルの一例。男性・女性向けや子ども向けなど、多種多様なものが発行されていたそうだ。

 先生が研究対象として取り上げたのが、「ペニー・ドレッドフル」と呼ばれる粗末な本である。これは当時1ペニーで売られていたためにその通称がついたもので、大きな挿画のある薄い小説本であり、1話独立の続き物形式になっている。フィクション作品とコラム、読者の投稿欄などが一体化した、教養の底上げを狙った雑誌のはしり的存在のものもある。「イギリスではこうした資料のデータベース化が進んでいて、数多くのペニー・ドレッドフルを閲覧し、研究することができました」
 実際に読んでみると、芸術的な価値を認めようがないものも確かに多かった、と先生は笑う。何冊かにわたるシリーズ作品を読んでいくと、途中で主要なキャラクターが入れ替わるなど、つじつまが合わなくなるものもあったそうだ。けれどそうした作品を読みながら、先生は子どもの頃に愛読していたマンガ週刊誌を思い浮かべたという。「複雑に伏線が張ってあるような考え抜かれた構成ではないけれど、つじつまが合わなくても1話1話を楽しみながら読める。エンターテイメント分野の萌芽を感じさせ、これはこれで存在意義があるのではないか、と思いました」
 中産階級向けの小説は知的な楽しみを読者に提供している、と位置づけられている。一方、ペニー・ドレッドフルのような労働者階級向けの作品はその場限り楽しむもの、と軽んじられてきた。しかし、そこに読者を惹きつける確かな魅力があったからこそ、ハーディが作品に娯楽要素を取り入れるような関わりが生じたのではないだろうか。また、そうした作品を通じて、中産階級の人々も小説から知的な楽しみ以外のものを味わうことがあったのではないだろうか。「在外研究は終了しましたが、これからもこのテーマをさらに追及していきたいですね」と先生は語った。

「成熟した国」イギリスでスコットランド独立運動に立ち会う

画像イメージ帰国後、先生はイギリス滞在時のエピソードを紹介する記事を学内のさまざまなツールに寄稿。食文化について考える内容などもあって興味深い。

 在外研究の際の、イギリスでの生活についてもお話を伺った。先生は大学院生時代にもレディング大学へ留学しており、イギリスでの長期滞在は今回が2度目だそうだ。「イギリスは文化が成熟しており自立した人が多い国、というイメージがありますが、社会の中でさまざまな事柄が個人の判断にゆだねられている風潮が、そうした印象を与えるのではないかと思います」例えば、日本の公共交通機関では当たり前のように行われている、携帯電話の使用や急停車の注意喚起をするアナウンスを、イギリスで聞くことはほとんどない、と先生は言う。「車内で携帯電話をどう使うかは常識の範囲内で考えることだし、急停車は乗り物に乗っていれば当然起こり得る。日本とイギリスのどちらが良いかは簡単にジャッジできませんが、日本は親切過ぎるのかもしれない、と帰国してから感じました」
 また、大人と子どもの文化がはっきり区分けされていることもイギリスの特徴だそうだ。イギリス発のファンタジー、ハリー・ポッターについても、多くの大人はそれほど深く知らないという。「『ハリー・ポッター』シリーズの映画で使われたセットやコスチュームが展示されたスタジオがロンドン近郊にあって私も足を運びましたが、来ているイギリス人は子ども連ればかり。大人だけの来場者は、ほとんどが海外からの観光客のように見えました」
 そんなイギリスでちょっと驚かされたエピソードとして、スコットランド独立運動を先生は挙げた。「住民投票で問われたのは、独立に対するYes・Noだけ。これは非常に分かりやすいし、その結果で本当に独立が決まるならとても民主的だと感じました。イギリスには珍しく、投票の前後は、興奮して浮足立った雰囲気が国中に満ちていました。投票前月に旅行でスコットランドを訪れた際には独立の機運が急速に高まっていることを感じましたし、投票当日には投票所で自撮りした写真が数多くアップされるなどTwitterも盛り上がっていました」歴史に残る貴重なシーンに立ち会っていることを実感したと、先生は当時を振り返った。

学生時代は大人への過渡期。失敗を恐れずに自分を磨いて

 どんな考えのもとに学生に向き合っているかを先生に訊ねると、「自ら主体的に考え、行動する姿勢を育みたい」という答えが返ってきた。しかしこれが意外に難しい、と先生は苦笑する。
 「文学の授業で出される問いに正解はありませんから、感じたこと、考えたことを気後れせずに発言してほしい。高校までとは異なり、大学の学びは“これのみ”の正解がない分、自分なりの答えがなかなか出せないことも多いのです。けれど、社会に出れば答えを出すことはさらに難しくなります。学生生活の中で、試行錯誤したり人の意見を聞いたりしながら、腰を据えて自分なりの答えを出していく過程に慣れてもらいたいと思っています」社会では、直面した課題に向き合い自力で答えを出していかなければならない。それに比べると大学での課題にはある程度の枠組みや手掛かりがあり、教員のサポートも受けられるので答えを選びやすい。大学から社会へと、難易度の段階を踏みながら成長することが可能だと先生は言う。「つまり、学生時代は大人になるまでの過渡期、間違うこともできる時期なのです。それを理解し、失敗を恐れずいろいろなことに挑戦して自分を磨いてほしいですね。そのようにして、主体性を身につける有意義な時間として本学での生活を活用していただければうれしいです」

ピックアップ授業!
イギリス文学史b

 19世紀から現代までのイギリス文学史を概観しながら、代表的な文学作品について時代背景なども踏まえて解説。毎回、取り上げる作品を映像化したものも教材として活用し、英文で読んだ箇所を「目で見て」理解できるようにしているとのこと。
 時間の制約上、授業の中で一つの作品の全文を読むことができないため、学生が実際に手に取って作品を味わえるよう、入手しやすい書籍や興味深いパロディ作品なども授業に持参し、参考資料として紹介しているそうだ。

おすすめの本・DVD

『嵐が丘』(エミリー・ブロンテ、新潮社等)

 2015年5月に日本で舞台化され、堀北真希・山本耕史の出演で注目を集めた。この二人の結婚はいろいろな話題を呼んでいるが、この作品を読んでから主演の二人が結婚した事実に思いを馳せると、味わい深いものがある。


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『サロメ』(オスカー・ワイルド、光文社等)

 作家・平野啓一郎が翻訳を担当した光文社古典新訳文庫版は、作品本編より解説が長いことで話題に。平野訳には『サロメ』研究の蓄積が活かされており、解説を読むとその一端に触れることができる。英文学研究の実像を垣間見られる一冊。

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『SHERLOCK』(テレビドラマ、角川書店)

 主演のベネディクト・カンバーバッチを世界中でブレイクさせた作品。イギリスでは古典を現代的な内容に大幅脚色したものが増えており、この作品も女性が重要な役割を担うなどとても現代的な仕上がり。スピード感が魅力で、1話90分があっという間に過ぎてしまう。

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※2015年10月 渋谷キャンパス研究室にて