2024年、英文科は創設100周年を迎えました。英文科の歩みは、女性を取り巻く日本社会の変化を如実に反映しているといえます。
まずはその歴史を振り返ってみましょう。創立当時のカリキュラムや使用されたテキストを振り返り、英文科の理念と目標も今いちど確認してみたいと思います。
数多くの卒業生の皆様の声も、貴重な資料としてご紹介します。また、英文科は教育だけではなく、英米文学・英語学研究にも力を尽くしてきましたが、その研究の歩みを振り返るべく、機関誌『実践英文学』の軌跡もたどってみましょう。
まずはその歴史を振り返ってみましょう。創立当時のカリキュラムや使用されたテキストを振り返り、英文科の理念と目標も今いちど確認してみたいと思います。
数多くの卒業生の皆様の声も、貴重な資料としてご紹介します。また、英文科は教育だけではなく、英米文学・英語学研究にも力を尽くしてきましたが、その研究の歩みを振り返るべく、機関誌『実践英文学』の軌跡もたどってみましょう。
英文科の歴史
英文科のカリキュラムと教科書
太平洋戦争終了後、復活した英文科におけるカリキュラムでは、英語運用能力の育成を目指す科目に加え、英文学を中心とする文学・文化に関する幅広い科目が設置された。以下、大学と短期大学におけるカリキュラムの概要を紹介しよう。
大学
1949年(昭和24年)実践女子大学の発足に伴い英文科が復活し、英文学科となった当時のカリキュラムについて、『大学要覧』には、「本学科は英語・英文学を教授研究し、それを通して英国民の文化、その生活、物の見方、考え方を修得させると共に、実際的方面にも重きをおいている。そのため斯学一流権威を網らしているが、特に英文学は勿論、日本文学に造詣深い英人ブライス教授の熱心な指導は、英文学の鑑賞に一境地を開いている。」(『大学要覧』昭和28年より)と記されている。
大学英文学科授業科目(1949年当時)
語学部門:英語学、作文、英語発達史、会話、仏語、独語
文学部門:英文学、英米文学史、名著研究、名著特殊研究、英詩研究、シェイクスピア、英米風物誌、セミナー
関連科目:一般言語学、国文学、文学概論、欧米文化史、日本文化史
短期大学英文科
1952年(昭和27年) 短期大学英文科が開設された当時のカリキュラムについて、『大学要覧』には、「本科は、世界的視野を持ち、実務に役立つ、教養ある女性の養成を目標として、特に実用的英語のリーディング・ライティング・スピーキング並にタイピングの習熟を図り、将来、渉外業務、教職等に進出しようとする者のために資している。」
(『大学要覧』昭和28年より)と記されている。
短期大学英文科授業科目(1952年当時)
文学概論、英文学概論、国文学概論、英文講読、作品研究、英文法、英作文、英会話、言語学概論、英文演習、商業英語、タイピング、文化史
新制実践女子大学英文学科第1期卒業生
新制実践女子大学英文学科第1期卒業生の渡辺貞江先生は、昭和18年実践高等女学校入学、そののち新制大学英文学科へ進学され、第1期生として卒業された。大学では、レジナルド・ホレス・ブライス教授(Reginald Horace Blyth 1898-1964)の教えを受け、卒業後は、実践女子学園中学校・高等学校の英語教諭として43年間ご活躍された。大学での学びについて、次のように振り返っている。
「大学時代に用いたテキストは、ブライス先生の著作『An Outline of English Literature』(1948、銀柳書)でBeowulfからEdmund Blundenにいたるまで、英文学の主な文学者の詩や作品の一部を抄出してあり、それらの解説や講義はあったが、作者が何時、何処で生まれ、死んだかといった文学辞典的なところはなく、その講義の内容は、Shakespeareから芭蕉、蕪村、子規、一茶、西行…とユーモアを交えて、次から次へと飛躍しての先生独特の文学観には眼が見開かれる思いであった。」(渡辺貞江、「Reginald Horace Blyth(1898~1964)先生の想い出」『英文科会だより』2006年より)
「昭和24年3月に新制大学が創設され、私も進学。そこで、生涯の恩師ともいうべきブライス先生に出会いました。先生は俳句や川柳の研究者で、それらを通じて日本文化の自然観や人生観、その背景となっている宗教思想まで教えてくださいました。敗戦になって見失ってしまった日本文化の精神や価値を、先生によって再認識させていただいたようなものです。」(渡辺貞江、「物は焼けても、知識は焼けない!!」『なよたけ情報版 No. 11、平成17年10月1日より』)
渡辺先生から寄贈された大学時代のテキストは、英文法から中世英語、英文学と幅広い分野をカバーするものである。英文法に関しては、今でも参照されているスタンダードな原書の何冊ものテキストに書き込みやメモなどが残されており、熱心に取り組まれた様子がうかがえる。英文科の教育が質と量と共に充実したものであったことを物語る貴重な資料だ。
卒業生の声
名画座と大学で過ごした思い出の時間
島田先生の試験範囲が広く、一年間の授業を通して、とあったような。よく卒業できたと有難く思っています。本間先生の授業は、熱心な授業でした。当時あった東急文化会館の名画座から午後一の本間先生の授業に間に合うよう駆けもどり、待ちのぞんだ時を過ごさせて頂きました。(昭和39年度卒)
担任とともにクラスで訪れた北海道旅行の記憶
当時の担任は湧川晴代先生でした。2年生の夏休みに北海道旅行をクラスで企画し、1週間いろいろな所に行きました。クラスがまとまっていた様に思います。今でも懐かしく思い出します。(昭和39年度卒)
女性の生き方について学んだ山脇先生の指導
英文学概論の小倉先生、英文法の成田先生、英作文の峯田先生、坪内先生、そして卒論でお世話になった山脇百合子先生、今でもなつかしく思い出します。卒論はシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』で書きました。シャーロットの作品は女性の「精神的自立」と「経済的独立」が根源にあったように思います。その考えが山脇先生と重なり、りんとした中に女性的な面もありとても素敵な先生でした。私もそのような生き方をしたいと常に思っています。(昭和53年度卒)
恩師藤原先生への感謝とともに歩んだ教師人生
卒論の指導教官は藤原稔先生でした。公私共にお世話になりました。1年生は音声学、3年生は英語学概論と英語科教科法、4年生では卒論をご指導いただきました。就職の際は、念願の教壇に立つことができ、何もかも先生のおかげです。1995年に先生は他界されましたが、ご命日には毎年墓参して報告しています。(昭和57年度卒)
『実践英文学』の歩み

1971年に創刊された『実践英文学』は、本号で77号となる。50年以上にわたる長い歴史を簡単に振り返ってみよう。
まずは、国文科と英文科により創設された実践文学会の機関誌として、『実践文学』が1957年(昭和32年)に創刊された。創刊号には15編の論文が掲載されたという。そののち、『実践文学』は1971年(昭和46年)3月に第42巻まで発行されたが、「国文科にしても英文科にしても、創設以来相当の歴史をけみするに伴い、それぞれ独自の発展を遂げてまいり、殊に、最近に於ては両学科ともに大学院の高度な研究機関までもつくられるに至った今日の新しい情勢にかんがみ、(中略)それぞれ独立した学会の機関誌にしては如何であろうかという意見がいずこからともなく抬頭」(桂田利吉「創刊の辞」『実践英文学』創刊号)してきた。
英文科創設100周年記念式典・祝賀会
2024年9月29日、実践女子大学文学部英文学科、実践女子大学短期大学部英語コミュニケーション学科、実践英文科会の共催により、渋谷キャンパスにて、英文科創設100周年記念式典・祝賀会が開催された。当日は、英文学科島高行教授による講演「文学の本領について」が行われ、卒業生・在学生が共に熱心に耳を傾けた。講演後、記念式典及び祝賀会が催された。
島教授による講演。学生時代を思い出すひと時。
稲垣伸一文学部長による祝辞
日本舞踊研究部による舞踊の披露。研究部の顧問は、代々、英文学科の専任教員が務めてきた。