『実践英文学』の歩み

1971年に創刊された『実践英文学』は、本号で77号となる。50年以上にわたる長い歴史を簡単に振り返ってみよう。
まずは、国文科と英文科により創設された実践文学会の機関誌として、『実践文学』が1957年(昭和32年)に創刊された。創刊号には15編の論文が掲載されたという。そののち、『実践文学』は1971年(昭和46年)3月に第42巻まで発行されたが、「国文科にしても英文科にしても、創設以来相当の歴史をけみするに伴い、それぞれ独自の発展を遂げてまいり、殊に、最近に於ては両学科ともに大学院の高度な研究機関までもつくられるに至った今日の新しい情勢にかんがみ、(中略)それぞれ独立した学会の機関誌にしては如何であろうかという意見がいずこからともなく抬頭」(桂田利吉「創刊の辞」『実践英文学』創刊号)してきた。
その結果、記念すべき『実践英文学』の創刊号が、本間久雄名誉教授に表紙の題字をいただき、1971年(昭和46年)12月10日に発刊される運びとなった。創刊号の執筆者は、桂田利吉、山脇百合子、高橋雄四郎、成田廸子、藤原稔、澤井勇といった、いずれもそれぞれの分野において名を残されている錚々たるメンバーである(敬称略)。1970年度卒業生黒木君枝氏による、ヘンリー・ジェイムズの長編を論じた卒業論文が収録されているのが目を引く。巻末には、1970年度卒業生卒業論文の題目一覧と大学院修士課程学生の研究テーマ一覧が掲載されている。卒論題目では、D. H. ロレンス、トマス・ハーディ、オスカー・ワイルド、ヘンリー・ジェイムズ、ブロンテ姉妹、ヴァージニア・ウルフ、ジョージ・エリオット、ジョン・アップダイクなどの作家論が多い。また、「報告」として、英文科で実施された学会や、国外研修の模様など、英文科の動向を伝える簡単な文章も掲載されている。以降、現在にいたるまで、イギリス文学、アメリカ文学、英語学に関する論文及び翻訳と、さらには英文科が主催した講演会、共催で開催された学会の模様、または英文科の動向を伝える文章なども掲載され、学術論文誌であると同時に、英文科の伝統を今に伝える貴重な機関誌としての役割を『実践英文学』は果たしてきた。

中にも特筆すべきは、節目ごとに組まれたさまざまな特集号だろう。最初の特集は1974年(昭和49年)第6号の「英文学科創設50周年記念号」であった。論文15本に加え、第1回卒業生による思い出など、多彩な内容となっている。当時の英文学科主任であった小倉多加志教授が寄せたエッセイ「回想」が、当時の英文科の雰囲気をよく伝えている。また、この年の卒業生と修了生の論文も掲載されている。
次の特集号は1981年(昭和56年)の第20号「本間久雄先生追悼号」である。6名の方が、本間先生を偲んで文章を寄せている。そのうちのお一人が、本間先生の御長女高津久美子氏による「若き日の父の思ひ出」で、一人の父親としての本間先生の横顔がありありと浮かぶような内容となっている。小倉多加志教授、山脇百合子教授、高橋雄四郎教授、峯田英作教授らによる文章は、研究者として、教育者としての本間先生の歩みと業績を今に伝えるものだ。
こののちは、退職される教授の退任記念号が続く。第28号「小倉皐教授退任記念」(1986年、昭和61年)では、32年間の長きにわたり本学の教壇に立たれた小倉教授の退任を記念して、15名が文章を寄せている。第40号「渡辺晋教授追悼号」(1991年、平成3年)では、急逝された渡辺教授の死を悼み、教員だけではなく多くの事務職員、卒業生、在学生からの言葉が掲載されている。第47・48号は合併号として「藤原稔教授・近見昌三教授御退職記念特集号」(1996年、平成8年)、1997年(平成9年)には臨時増刊号として「伊藤廣里教授・成田廸子教授退職記念集」、同じく臨時増刊号「高橋雄四郎教授・J. V. ロプレスティ教授退職記念集(1998年、平成10年)と続く。少し時代は飛ぶが、第61号では「日浅和枝教授退職記念号」(2009年、平成21年)、第71号「植野達郎教授退職記念号」(2019年、平成31年)、第73号「大関啓子教授退職記念号」(2021年、令和3年)が刊行された。いずれの号も、ご退職される先生と関わりの深いさまざまな方々からの贈る言葉が収録され、それぞれのお人柄をしのばせる内容となっている。

退職記念号に合わせて特集が組まれた号もある。第55号「鈴江璋子教授退職記念号」(2003年、平成15年)では「特集 アメリカ文学の女性」として、ジョイス・キャロル・オーツからネラ・ラーセン、アン・ハッチンスン、テネシー・ウィリアムズ、ゼルダ・フィッツジェラルド、トニ・モリスンといった作家を論じる論文7本(鈴江先生ご自身による論文も含まれている)と、特集以外の論文が6本掲載され、誠に充実した内容の号となっている。2005年(平成17年)第57号は「大島眞教授退職記念号」に合わせ、「特集 Going Beyond Simple Sentence-Based Grammar」が組まれ、5本の論文が掲載されている。第62号「澤井勇教授退職記念号」(2010年、平成22年)では、2009年10月31日に実施されたシンポジウム「オスカー・ワイルドと演劇」(講師:澤井勇教授、佐々井啓日本女子大学教授、富士川義之元東京大学教授、肩書は当時のもの)と、展示「オスカー・ワイルドの世界」の模様と、展示パンフレットも収録されている。
また、英文学科における研究の充実ぶりを示すものとして、テーマによる特集が組まれた号もある。第72号では、「特集『動く女性』——日英米の女子教育と服装改革の歴史」(2020年、令和2年)として、人間社会学部の広井多鶴子教授による特別寄稿をふくめ、日本とアメリカ、イギリスにおける教育と服装の歴史を通して広く女性を取り巻く変化を考証する論文が収録されている。さらに、第74号は「特集 オスカー・ワイルドと本間久雄博士——メーソン・ライブラリーのデジタル化を記念して」(2022年、令和4年)は、英文学科の基礎を築かれた本間久雄博士が収集された貴重な資料がデジタル化されたことを記念し開催されたシンポジウムと展示「本間久雄とオスカー・ワイルド——英国世紀末の鬼才を追う」の模様が収録されている。
このように、50年以上にわたり、『実践英文学』は英文科の歴史と伝統を次世代に伝え、そして、研究と教育の発展に大きく寄与してきたことがわかる。研究や女子大学を取り巻く状況が変化しても、その基盤にある理念は実は変わっていないといえるだろう。これからの『実践英文学』も、変わらずその役目を果たし続けるにちがいない。