佐藤春夫の遺品1万3000点超、和歌山県新宮市の故郷へ。渋谷キャンパスで受贈式典。今後、文壇史をひも解く資料に(1/24)
日本近代文学を代表する作家・佐藤春夫(1892~1964)の多数の資料を、遺族から出身地の和歌山県新宮市へ寄贈する受贈式典が1月24日、渋谷キャンパスで行われました。寄贈されたのは、書簡や原稿、美術資料など1万3000点超(写真カット枚数)。「門弟三千人」といわれる佐藤の人脈や交友関係、創作活動の解明が期待されます。客員研究員の河野龍也・東京大学准教授は「空襲の被害に遭わず、戦前からの佐藤春夫の資料が失われずに残ったのは極めて貴重で、佐藤春夫の全体像がさらに明らかになることを期待したい」としています。
最後に写真に納まる遺族、新宮市、大学の関係者
難波学長「研究成果を社会に還元していきたい」
難波雅紀学長
式典は、佐藤悟学長特別顧問の司会で進められ、冒頭、難波雅紀学長が、式典を本学で開催出来ることへの感謝と遺族から新宮市に資料寄贈する決断に対して敬意を表した上で、「本学がお預かりする一連の資料は、日本の近代文化を支えてきたかけがえのない知的遺産。厳正に管理し、研究成果を社会へ還元していくということは、本学に課せられた重要な使命」と述べました。
遺族の髙橋さん「大切に扱っていただき、ありがたい」
髙橋百百子さん
続いて、佐藤春夫の孫に当たる髙橋百百子さんが、高村光太郎作の油彩画「佐藤春夫像」と資料一式を新宮市立佐藤春夫記念館に寄贈する目録に署名。髙橋さんから、辻本雄一館長にこの目録が手渡され、資料が正式に新宮市立佐藤春夫記念館の所蔵となることが確認されました。
あいさつに立った髙橋さんは「佐藤家は代々整理整頓が苦手な家でして、実践女子大学や記念館の皆さまに、過分な評価をいただき、これほど大切に扱っていただきましたことは、ありがたく思っています」と率直な言葉で心境を語り、今後、資料が公的に活用されることへの期待をにじませました。
辻本館長「身の引き締まる思い」市長「次の世代へ確実に伝えていきたい」
辻本雄一さん
これに対して、新宮市立佐藤春夫記念館の辻本雄一館長が「多数の資料をいただき、非常に身の引き締まる思いでございます。今後、市民の皆様に愛着を持っていただけるよう、紹介してきたいと考えております。また、人と人のつながりの広さというものを改めて実感するたくさんの資料がありましたので、発信していけたらと思います」 と述べました。続いて、上田勝之市長からは「佐藤春夫先生は新宮市名誉市民第1号です。今回の資料寄贈は、市民が文学や地域の歴史に触れる機会を広げるとともに、子どもたちの学びを支えるものです」とし、「文化を守り、次の世代へ確実に伝えていく責任を重く受け止めています」と語りました。また、新宮市教育委員会の速水盛康教育長は「市内の小学6年生が毎年、佐藤春夫記念館を訪れ、地域の方が先生となって学ぶ取り組みを続けています」と紹介し、「今回の資料も、学校教育の中で生かし、佐藤先生の功績を子供たちに伝えていきたいと思っております」と述べました。
太宰治や芥川龍之介ら著名作家の書簡などを見学
寄贈資料を見学する関係者
式典後、髙橋さんと新宮市の関係者は、17階のファカルティラウンジに移動し、寄贈資料の一部を見学しました。河野准教授が案内役を務め、髙橋さんや市長、館長らに対し、資料の背景や学術的な見どころを説明しました。
会場には、太宰治が芥川賞受賞を強く願い、選考委員だった佐藤春夫に宛てて送った長さ4㍍の書簡をはじめ、挿絵入りの芥川龍之介の書簡、原稿用紙に書かれた佐藤春夫の直筆の原稿、疎開先の信州で描かれたスケッチブック、中学時代の日記などが並びました。河野准教授は「佐藤春夫は近代文学者の中でも屈指の人脈を持ち、これらの書簡は当時の文壇の動きを具体的に伝えています」と説明しました。今回寄贈された資料は、新宮市立佐藤春夫記念館を中心に保存・活用されるとともに、実践女子大学が引き続き研究面で協力し、調査や展示を通じて活用が進められる予定です。日本近代文学の研究や教育の基礎資料として、今後も継続的に利用されていくことになります。
河野龍也・東京大学准教授(実践女子大学客員研究員)「差出人200人以上、50年以上の作家活動の下書き、貴重な資料」
今回の寄贈資料は、佐藤春夫という作家が、日本近代文学の中心に位置し、幅広い人脈を持って活動していたことを具体的に示すものです。書簡の差出人だけでも、200人を超え、近代の文壇史が凝縮されています。登場する作家の年代や顔ぶれも豊か。今後、一人の作家を軸に、近代文学の人脈的な動向がより明確になっていくはずです。
また、空襲を免れたことで、50年以上にわたる作家活動の初期から晩年まで作品の膨大な下書きが存在するほか、書簡、美術資料がこれほどまとまって残されたのは非常に珍しい例です。作品の創作過程をたどることができるほか、文学界と美術界が刺激を与え合いながら芸術的課題を共有していたことが見えてきます。
資料が故郷である新宮市に集約され、記念館と大学が連携することで、故郷と東京の双方で研究も発信を続けていく体制が整ったことは、佐藤春夫の再評価にとって大きな意味を持ちます。今後、近代文学研究を進めるうえで、重要な資料として活用されていくことになるでしょう。
芥川賞を切望して長さ4メートルの巻紙につづられた太宰の書簡
目録の手渡し後に記念撮影に応じる髙橋さんと新宮市の関係者







