小牧 幸代先生
「あなたと私」から「私たち」へ。
「他者理解」の学問である文化人類学の理論を
学び、グローバルに活躍できる人材に。
小牧 幸代
KOMAKI_Sachiyo
国際学部 国際学科 教授
専門分野・専攻 文化人類学、地域研究
KOMAKI_Sachiyo
国際学部 国際学科 教授
専門分野・専攻 文化人類学、地域研究
[プロフィール]東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程中退。博士(学術)。京都大学人文科学研究所社会人類学講座助手、高崎経済大学地域政策学部専任講師、同大学学部准教授、教授を経て、2024年4月より現職。専門は文化人類学、南アジアのイスラーム研究。
南アジアでは、イスラームの教えがどう解釈され、表現されているか。インドとパキスタンをフィールドに研究
大学時代、講義を履修したのをきっかけに文化人類学に関心を抱きました。文化人類学とは、他文化と自文化を比較し、そこから一般理論を導き出そうとする学問。研究対象とするフィールドを絞り込むため実際に世界各国を旅して回る中、イスタンブールで五感が一斉に刺激されるような高揚感を味わいました。異国情緒漂うモスクのある風景、定時に響きわたる礼拝への呼び掛け、雑踏さえ心地よいバーザール——。すべてが新鮮で好奇心をかき立てられるものばかり。それが、イスラーム世界でした。
大学院に進学し、縁あって南アジアのムスリム社会をフィールドにするに至り、断続的に3年間、ムスリムの一般家庭にホームステイしながらニューデリーの大学に留学しました。その際に驚いたのは、インド人よりも私のほうがインドのことを知っている場合があったこと。それなのに、現地の人が私に質問するのは日本のことばかり。インドで調査をしながら、おのずと日本の歴史や宗教について考える時間も増えました。突き詰めれば、他文化を研究することは自文化を知ること。他文化という鏡を通して自文化を見ることが文化人類学だと実感しました。
私がこれまで研究してきたのは、南アジアの宗教、特にインドとパキスタンのイスラームです。とはいえ、イスラームの教義自体を研究しているというわけではなく、イスラームの教えが社会の中でどう解釈され、それがどのように表現されているのか、そこに焦点を当てた研究をしています。
イスラームにおいては、スンナ派に4つ、シーア派に1つ、合わせて5つの法学派があります。どの法学派の法源もクルアーン、ハディース、ムスリム共同体の合意、イスラーム法学者たちによる類推の4つですが、法学派によって重視する法源も異なればその解釈も異なります。そのため、どの法学派が優勢な国・地域であるかによって生活や習慣に違いが生じ、外部者から見ればイスラーム的ではないと思われるような宗教実践、あるいは行為が観察されることもままあります。
たとえば、イスラームは唯一絶対神のみを信仰する一神教ですが、スンナ派世界のスーフィー聖者廟やシーア派世界のイマーム廟では多種多様な信仰風景が展開しています。さらに、南アジアでは預言者ムハンマドの「遺品」すなわち聖遺物への信仰も盛んです。「原理主義」的な思考をするムスリムや主に文献研究に従事する宗教学者は、こうしたイスラームのあり方を“土着的なイスラーム”としてマイナスな印象を与えるようなラベリングをしてきましたが、私はこのような南アジアに特徴的なイスラーム実践を、“預言者ムハンマドに対する崇敬の念”をベースにした信仰の表現形態だとポジティブに捉えています。
「多文化共生」の観点からパキスタン系ムスリムの宗教実践や冠婚葬祭にも注目
1990年代からずっと、インドとパキスタンでのフィールドワークを中心としてきましたが、2010年代に「ジェンダーに基づく暴力」というテーマの共同研究に参加したのをきっかけに、ノルウェーのパキスタン系ムスリム社会でもフィールドワークをするようになりました。また、コロナ禍で海外調査ができなかった期間には、日本国内で暮らすパキスタン系ムスリムのコミュニティでも調査をさせてもらいました。その中で、ヨーロッパや日本のように、ムスリムが少数派の国におけるパキスタン系ムスリムの宗教実践や冠婚葬祭のあり方に着目するようになりました。
その一例が、日本でも顕著になっているムスリムのお墓の問題です。イスラームでは火葬が禁じられているため土葬が一般的ですが、日本ではムスリムを土葬できる墓地が限られているのが現状です。一方、ノルウェーではムスリム用の墓地区画の新設に行政主導で取り組んでいます。ホスト社会とそこに暮らすムスリムとの間には、どのような問題があり、どうすればそれを解決できるのか——。日本とヨーロッパを比較し、「多文化共生」という観点からさらに調査研究を深め、課題解決へとつなげていきたいと考えています。
イスラームに限らず「宗教」と聞くと、日本人は「洗脳される」とか「怖いもの」と構えがちですが、グローバル人材として世界で活躍するためには、飲食や衣服に関するタブーについては言うまでもなく、さまざまな宗教に関する基礎知識は不可欠です。さらに、世界中で起きている紛争の原因は宗教の違いによるものだけでなく、その背景に土地問題や政治・経済といった非常に複雑な問題が横たわっているということを最低限知っておくべきです。信仰するかしないかという観点ではなく、知識あるいは教養としてさまざまな宗教に向き合う姿勢がグローバル人材には重要だと考えています。
文化人類学は「他者理解」の学問。その理論を身につけて社会へ
国際文化科目群では、1年次に世界の文化や政治・経済を理解するための基礎知識や理論・方法論を学びます。2年次前期には、世界各地の具体的な状況を学ぶことで1年次に習得した基礎知識や理論・方法論の使い方を理解し、2年次後期から始まる海外留学に備えます。
私が担当する「国際文化論a」では、世界の文化を知るために、民族・言語・宗教・自然の多様性に注目。世界を大きく6つの地域に分け、そこで暮らす人々の生活世界を深掘りしていきます。政治や経済は国単位で考えるのが主流ですが、民族・言語・宗教・自然は数カ国で構成された地域で共有されていることが多く、地域単位の分析視角は大雑把なようでいて実は示唆に富んでいます。この授業では、女性の視点から文化を見つめ直す作業にも取り組み、画像や映像などの資料を駆使して実用的な知識を増やしていきます。
「国際文化論b」では、世界の中でも南アジア、特にインド、パキスタン、バングラデシュに焦点を当てます。南アジアは、宗教対立やカースト差別に起因する紛争やテロが頻発するといった負のイメージと、悠久の歴史、諸宗教の発祥地、豊かな自然、高度人材といった好意的なイメージ、その両方で語られることが多い地域です。授業では、宗教、女性、グローバル化をキーワードに、フィールドワークで得た情報をもとに南アジアの文化に対する理解を深めていきます。
いずれの授業においても、「他者理解」の学問としての文化人類学の理論と歴史を分かりやすく伝えることを大切にしたいと考えています。身近な出来事の中から関心のあるテーマを見つけて調査対象を選定し、それをフィールドワークへと結び付けつつ、その学びを論文やレポートに生かす——。文化人類学が追求する「他者理解」は人類学者にとっても決して簡単なものではありませんが、出発地点はフィールドワークです。「他者理解」のはずが「他者」と「自己」の区別が徐々になくなり、それが「自己理解」へと展開していくという、文化人類学に特有のフィールド経験が学生にも伝わるよう、私自身のエピソードを交えながら話をしていくつもりです。
そして、学生には有意義な学びのために「良い質問」ができるよう心掛けてもらいたいです。そのためには授業の予習が必須であり、それは「よい聞き手」にもなることにもつながります。「この授業でこの教員はどんなメッセージを送ろうとしているのか。それに対してどんな反応をすればよいのか」。このように考えて授業に取り組めば、教員と学生の間のコミュニケーションが活発化し、難しい内容の話でも理解できるようになります。
実践女子大学のディプロマ・ポリシーである「多様性を受容し、多角的な視点をもって世界に臨む態度」「知を求め、心の美を育む態度」は、海外留学やフィールドワークを通じて「他者理解」「自己理解」と向き合う文化人類学のあり方と合致します。国内であれ海外であれ、短期であれ長期であれ、留学やフィールドワークをする際は、そこで出会った人と自分自身との関係を「彼らと我々」ではなく「あなたと私」と感じてほしい——。そして、「あなたと私」が「私たち」になった時、初めてグローバル人材としてスタート地点に立てるのだと思っています。