辛島 順子先生
「専門知識」+「行動科学」の視点から
健康寿命を支える管理栄養士を育てる
辛島 順子
Junko KARASHIMA
管理栄養学科
専門分野・専攻/栄養教育論、健康心理学、老年学
Junko KARASHIMA
管理栄養学科
専門分野・専攻/栄養教育論、健康心理学、老年学
[プロフィール]実践女子大学家政学部卒業後、乳業メーカー勤務を経て、公立病院にて約12年間管理栄養士として勤務。2011年より本学。桜美林大学大学院にて修士(健康心理学)、博士(老年学)を取得。専門は栄養教育論、健康心理学、老年学。2018年より現職。
「3つのポイントで分かる!」この記事の内容
- 「できてから治す」のではなく「作らせない」。病院管理栄養士として褥瘡対策チームに加わった経験が、低栄養予防研究の原点。
- 「知識」だけでは人は動かない。心理学と行動科学を融合させ、相手の「気持ち」に寄り添う栄養教育を追究。
- ひとりの力には限界がある——教育を通じて未来の管理栄養士を全国へ送り出し、社会全体の健康を支えるのが願い。
病院実習での挫折の先で芽生えた、本物の覚悟
私は第2次ベビーブーム世代で、大学受験は非常に競争が激しい時代でした。当初は他大学の系列高校からそのまま内部進学するつもりでしたが、「国家資格が目指せる道を選ぶといい」という両親からの助言が大きな転換点に。自立して働ける管理栄養士の資格取得を目指して、本学(実践女子大学)に入学しました。
かねてから興味のあった「食」の学びを深掘りする一方、大学3年次の病院実習では大いに打ちのめされることに。あまりの忙しさと人の命に直結する管理栄養士の仕事の重責に圧倒され、「自分にはこの仕事は無理だ!」と、血の気が引く思いで帰宅したことを今でも覚えています。そのため、卒業後は商品開発職として乳業メーカーに就職。主にスイーツ系の商品開発に携わりました。もともと希望していた職種ということもあり、仕事にはやりがいを感じていましたが、毎日、スイーツ系食品の試食を繰り返す中で「本当に体に良い食べ物とは?」と自問自答するようにもなりました。同時に、「体力的にも精神的にも大変な仕事に挑戦するなら、20代の今しかない!」という気持ちもあり、一念発起して地元の公立病院に管理栄養士として転職しました。「管理栄養士としてのキャリアに3年以上のブランクがある以上、それを埋めるためには給食管理も栄養指導もすべて経験できる場所でなければ」と、あえて厳しい環境を選んだのです。
「知識」を「行動」に変えるアプローチを探るべく研究者の道へ
転職直後は専門的な医療用語についていけず、周囲の言葉がすべて外国語に聞こえるほど苦労しましたが勤務3年目に病院内の「褥瘡(床ずれ)対策チーム」のメンバーになったことが、私の研究の原点となりました。
そこで目の当たりにしたのは、低栄養によって脂肪や筋肉が失われ、出っ張った骨によって痛々しい褥瘡を負った患者さんの姿。低栄養が褥瘡のリスクを高めるだけでなく、いかに治癒を困難にするかを痛感し、「できてから治す」のではなく、適切な栄養管理で「作らせない=予防する」ことの重要性を知りました。
また、糖尿病などの慢性疾患を抱える患者さんへの栄養指導を通じて、管理栄養士がいくら正しい知識を伝えても、患者さんがそれを実践してくれるとは限らないという現実の壁にぶつかりました。それは逆に、管理栄養士の関わり方次第で、患者さんのその後の食行動が大きく変わることを意味します。「単に栄養の話をするだけでなく、もっと根本的に人の行動を理解する必要がある」と確信した私は、この疑問を解くために病院勤務を続けながら大学院に進学。健康心理学や行動科学を体系的に学び、「トランスセオレティカルモデル(多理論統合モデル)」という、人の行動変容段階に合わせた支援方法を研究しました。これが、管理栄養士としての私の視野を大きく広げてくれました。
ひとりの限界を超えて——「教育者」に見いだした可能性
病院勤務を続けながらの大学院生活は、過酷を極めました。しかし、大学院では必死に仕事と学びを両立させようとする他職種の医療従事者の仲間たちとの出会いがあり、大いに刺激を受けました。
一方で、病院では学生実習を毎年受け入れており、後進の育成の重要性も強く意識するようにもなりました。限られた実習期間で学生が学べることには限界があるからこそ、「実習に入る前に、もっと現場への疑問を持ち、準備をして実習に臨めるよう学生を送り出せたら……」と思うようになったのです。また、管理栄養士が現場で奮闘しても支えられる人数には限界があるからこそ、「教育を通じて未来の管理栄養士を全国へ輩出できれば、自分自身が直接関われない何倍もの人々の生活を支えることができる」と考えるように。そこで、管理栄養士の可能性を広げる挑戦心から、母校である本学に教員として着任しました。その後は、立派な研究者として教壇に立たれる諸先輩方に少しでも近づこうと博士課程にも進学。修士時代からの行動科学の視点を活かしながら「セルフモニタリング(自己監視)」による高齢者の健康保持・増進の研究にいそしみました。
その延長線上にあるのが、現在の主な研究テーマである「高齢者の低栄養予防」です。病院時代は病気の方を対象としてきましたが、大学に移ってからは、地域で生き生きと暮らす元気な高齢者の方々と多く接するようになりました。そんな高齢者の皆さんが自分らしく、元気に楽しく人生を全うするためには、低栄養を防ぐ地域全体での仕組み作りが欠かせません。しかしながら、地域の医療・介護専門職の方々からは「どこに食の相談をすればいいかわからない」という声を聞くことがあります。管理栄養士が地域で他職種と連携し、より活躍できる場を広げるためにはどうすればいいか——。現状を調査しつつ行動科学の理論やモデルを活用し、高齢者への直接的なアプローチと高齢者を支える管理栄養士の地域における課題や多職種連携の在り方を探ろうとしています。
管理栄養士の仕事は、常に「誰かのため」にあり、「人を支える」のが使命です。その価値を科学的に示すことも、研究者としての重要な役割だと考えています。栄養教育による予防の効果はすぐに数値へ現れにくいものです。だからこそ、一時点の調査にとどまる「横断研究」から、対象者を数年間追いかける「縦断研究」へと発展させ、長期的な視点から効果を証明していきたい。管理栄養士の可能性と価値を、広く社会へ発信することが私の目標です。
「食」で人を支える誇りを、次の世代へつなぎたい
授業では、なるべく事例を多く取り入れて説明するようにしています。この事例を元に行動科学の理論をただ暗記するのではなく、日常生活に当てはめて考えるよう伝えています。はじめは難しいと感じていた理論も、卒業する頃には自分の言葉で例を挙げて説明できるようになります。国家試験の直前になると、とてもわかりやすい言葉で友人に説明している学生を見かけることがあります。毎年この場面に出会うたびに、その成長をとても頼もしく感じるとともに、「今年も安心して社会に送り出せるな。」と嬉しく思います。
管理栄養士は、24時間患者さんに付き添ったり、自宅の3食の食事を調理する職業ではありません。現場での栄養食事指導に許されるわずか30分程度の限られた時間の中で、いかに相手に「これなら家に帰ってからも実践できる」と思ってもらえるか——。栄養食事指導の時間は決して長くありませんが、その人の人生をより豊かなものへと導く鍵になります。
最近では、大学から助成を受けて企画した教育プロジェクトの講演をきっかけに、私のゼミ生が在宅医療に力を入れている医療法人に管理栄養士として就職しました。管理栄養士の活躍の場が地域へと広がっていることに確かな手応えを感じています。管理栄養士は、人の命に責任を持つと同時に、多くの人々にとって最大の「楽しみ」である食を支えるやりがいのある仕事です。学生の皆さんには、対象者から「あの人に相談してよかった」と信頼される管理栄養士になってほしいと願っています。失敗を恐れずに挑戦し、専門職としての誇りを持って、この職業をより素晴らしいものへと発展させていってもらえるよう、教員として最大限のサポートをしていく所存です。







