研究紹介
近年、多くの本を出版されている美学美術史学科の山本浩貴准教授に、
研究の目的や意義、その前提にある研究関心について伺いました。(2026年10月20日)
私の研究の目的は、美術史の異なる「語り方」を探すことです。その目的は、最初の単著である『現代美術史』(中公新書、2019年)から、最新の共著である『移民・難民・アート』(川上幸之介・髙谷幸編、ヘウレーカ、2026年)所収の「トランスナショナル・アート・ヒストリー」まで変わりません。なぜ美術史の異なる語り方を探すことが大切かといえば、これまでの美術史の語り方は——多彩なバリエーションがあるように見えたとしても——似たような「当たり前」を内側に抱えていたからです。
例えば、なぜ、教科書で習う美術の歴史では、男性ばかり登場するのでしょうか。さらに、教科書に出てくるのは、ヨーロッパ人やアメリカ人ばかりです(最近の教科書では、だいぶ改善されましたが)。リンダ・ノックリンという美術史家が、1971年に、「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか?」という論文を発表しました。ノックリンは、この論文で、私たちの社会と歴史のなかで、女性芸術家が不可視化(まるで存在しないかのように扱われてしまうこと)されていくメカニズムを明らかにしたのです。
こうして、美術の歴史を「客観的に」記述していると考えられてきた、美術史の「当たり前」が、さまざまな角度から再検証されることになっていきます。こうした流れは、一般的に、「ニュー・アート・ヒストリー」と呼ばれるのですが、私はこの流れを形作ってきた研究者——ノックリンのほか、ジョン・バージャーやノーマン・ブライソンといった人たちがいます——に影響を受けています。先人たちがどう思うかは別として、また、同時代の研究者たちがどう思うかは別として、私自身は自らをこうした流れの系譜に位置づけています。
2冊目の単著である『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)では、美術史の「人間中心的な」記述を脱すること挑戦しました。コロナ禍をきっかけにして書かれた本書では、人間と自然の交わりに着目して、ダダや山本鼎といった美術運動や美術家を新しい視点から論じることを試みたのです。そのような論述を通して、技術(それは芸術と深く結びついています)によって自然を制御し支配しようとしてきた人間の自然観を問い直し、自然との新しい関係を結び直すアートの可能性を模索しました。
Terue Yamauchi, Surrender, 2024(光州ビエンナーレ2024・日本パビリオン)
撮影:山中慎太郎(Qsyum!)
このように、私の研究は歴史研究という側面をもちますが、現在の社会と強く結びついています。そのことは、私がジェンダー不平等、人種差別、環境危機といったグローバルな問題に関心をもち、それらの問題にアプローチする現代アートの可能性について考えをめぐらしている理由でもあります。そうした思索の一端は、一般書として書かれた『12ヶ月でわかる現代アート入門』(美術出版社、2025年)にまとまっています。そして、こうした社会的関心は、私が研究者として本や論文を書くだけでなく、キュレーターとして2024年の光州ビエンナーレ(韓国)で日本のナショナル・パビリオンのキュレーションを務めるなど、実践者としても活動している理由でもあります。







