「乙女坂」の「登山」
《食デザイン専攻・健康栄養専攻》2026/07/15 (Wed)
食科学科 教員 S.M
JR日野駅改札を出て左に30メートル、交番を左に曲がると、中央線の高尾方面が正面(真南)になる。その先の交差点、信号の先になだらかな坂道が見える。これが私の毎日の通勤路「乙女坂」である。右手の高台にはビルと住宅街があり、その合間を縫った形である。昔の人が、ここから台地に上ったという感覚が一目でわかる場所である。
この道はしばらく旧甲州街道と重なる。少し直進すると道は二手に分かれる。右側が旧甲州街道、これを直進してしばらくすると日野市立大坂上中学校と都立日野台高校がある。私の通勤路は先の旧甲州街道との分岐点の左側、JR中央線に沿う「乙女坂」である。
中央線の線路に沿ってほぼ1km、なだらかな登りが続く。途中、右手に緑が突然増える場所がある。1974年、道路工事の途中で発見された「坂西横穴墓群」という7世紀後半の史跡である。猛暑の通勤時にはこの少ない緑が一瞬の気休めになる。
すぐ上を道路が通る。史跡横の石段を上り、この道路で中央線を横切り直進してしばらく行けば「新選組のふるさと歴史館」がある。
そのようなことを考えつつ、さらに「乙女坂」を上る。わかりやすい道はそのまま直進、次の信号機の右手が日野市大坂上4丁目、実践女子大学日野キャンパスである。学生たちは坂の途中で右手の住宅街に入り、ひとつ西側の道を直進して通学することが多い。
最近は車通勤の教職員も多いが、私はJR日野駅から朝夕この「乙女坂」を歩いている。歩く通勤生活は健康には良いが暑い時は大変である。前職の大学も小高い山の上にあったが、実践女子大学も「大坂上」、つまり台地の縁(段丘崖)を一気に登った上にあるため、毎朝が「登山」感覚である。
この地形は多摩川や浅川が長い時間をかけて川底を削って作ったいわゆる河岸段丘である。JR日野駅はその川沿いの低地、大学はいわゆる日野台地(武蔵野台地)の上にあり、学生も教職員も毎日そこを上って通勤・通学している。大坂、中坂、小坂、坂上、坂下、これらの地名がある場所はこうした台地の縁の坂に由来していることが多い。などと、考えているうちに、今日も汗だくになりつつ大学に到着した。
もっとも、現代の乙女たちは、猛暑や遅刻しそうな時には日野駅から初乗り料金のタクシーを乗り合わせて通学することも多いようだ。







