図書館員のおすすめ本紹介
図書館員がおすすめする本を紹介します【日野・渋谷】
図書館の所蔵情報も入れておきますので、ぜひ、借りて読んでみてください。
カフネ/阿部暁子著
「もう何ヶ月も、いや何年も、自分に価値を感じられずに生きてきた。もう自分は誰にも愛されず、必要とも
されないと思っていた。けれども今、誰かの役に立つことができた。たったの二時間、それもたいしたこと
ではない。それでも今、ありがとうといってもらえた。今、私はあの人を助けたのではなくて、
助けてもらったのだ。」(98頁)
本書は、2025年度本屋大賞第1位に輝いた作品です。
「カフネ」とはポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通すしぐさ」を意味する言葉。書店の店頭などの
紹介ではいわゆる「食べ物小説」と見受けますが、読んでみると、決してそうではないことがわかります。
場面は、八王子の法務局に勤める野宮薫子(41歳)が、急死した弟の春彦(29歳)の元婚約者
小野寺せつな(29歳)と喫茶店で会い、激しく言い争うところから始まります。「死んだ人は悲しみませんよ」。
その冷淡な言い方に、憤慨のあまり卒倒してしまう薫子。しかし、彼女を自宅に送り、ありあわせの食材で
作ったせつなの料理には、薫子を内側から蘇生させる力がありました。そして仕事柄、几帳面な整理整頓の
腕をかわれ、せつなが料理人として勤務する「カフネ」という家事代行サービス会社に清掃のボランティア
として同行するうち、薫子には今までに味わったことのない気持ちが生まれてきます。そう、これは
「家事代行サービス業」を舞台に、人と人が共に生きる「共生社会」を描いた作品なのです。
著者の阿部暁子さんは岩手県花巻市の出身・在住の作家で、本作では人々の普通の日常が描きたかったと
言います。物語の後半で明らかになる弟・晴彦の死の真相、LGBTQ、せつなの部屋に落ちていた思いもよらない
薬の包み…。誰しも心の中に人に言えない哀しみや生きづらさを抱えつつ、それでも人を頼り頼られることで
得られる幸せがあることを作者は静かな眼差しで私たちに語りかけてきます。
ラストシーンで薫子がせつなの髪をそっとなでるその指先が、そのままこの作品を描く作者の手に
重なるような、人の心の奥をやさしく照らすケア文学です。