今一番欲しいもの:新しい本棚
開いていただきありがとうございます。
こんにちは!国文学科4年生のゆめです。
先日、初めて神田神保町へ行ってきました。国文学科に在学している以上、いつか行ってみたいと感じていた場所です。ようやく、ようっっっやく訪れることができました。
古本屋さんを巡るのがもう本当に、本当に楽しかったです!!実は今、自室の本棚から本が溢れかえっている状態なのですが、結構買い込んでしまいました。しまう場所を考えろと言い聞かせながらも、気がつけば手元に何冊もありました。怖い。本とぬいぐるみって、見かけるとついお迎えしてしまいますよね。そして棚や部屋から溢れ出る。整理しなきゃ……。
さて、いきなりですが、本日は私が専攻分野に「国語学」を選んだ理由をお話していきたいと思います。
国語学とは、簡単に言うと日本語自体を研究する分野のことです。私は今、国語学のゼミに所属し、現代日本語関連の卒論を執筆しています。
そんな大学4年生の私ですが、実はまだ進路が確定していません。長年の夢に向けてコツコツと歩き続けているためです。そこで自分自身と向き合う中で、国語学を選んだわけを改めて考える機会がありました。1人で考え込むとパンクしそうなので、これから自身と向きあって見えたものについて綴っていこうと思います。
私が文学部で日本文学について学ぼうと決めたのは、高校1年生の頃です。本や古典文学、日本の文化が大好きな私にとって、ここしかないと思わせてくれる学部だったからです。その中でも、元々は『源氏物語』を研究してみたいと思っていました。1000年以上前に書かれた作品が、ここまで読み継がれている理由を明らかにしたいと考えたからです。しかし、様々な作品に触れていくうちに、どの時代の文学作品もそれぞれの良さがあることを痛感し、専攻分野に悩みました。この中から1つに絞るなんて無理だ、なんて思っていた時、ふと思いました。
全ての文学作品は、結果的に「ことば」に帰結する。ということは、「ことば」を深く知ることができる分野を専攻するのが良いのでは……?
今思い返すと、私は、本を読む際にその作品の作者が紡ぎ出す「ことば」を楽しんでいる節があったのです。「嬉しい」という言葉を表現するためにこんな言い回しができるのか。この方は「悲しい」の3文字を表現するため、こんな壮大な比喩を用いるのか。「ことば」を通して人を知ることに楽しさを感じる私は、国語学に強く惹かれ、専攻分野とすることを決めました。
「ことば」を知る研究があまりにも楽しいので、もう少し勉強を続けたい気持ちがあります。なので、夢へ向かっている最中ですが、この先の道の中に進学も視野に入れています。
進む道が確定していないことに焦ることもありますが、無限の可能性が広がっている状態であると前向きに捉えながらコツコツと歩いていきたいです。
おかしいな。専攻分野を選んだ理由について語ろうと思ったのに、いつの間にか進路の話になっていた。卒論執筆を楽しみながら、引き続き夢に向かって歩いていこうと思います。
さてさて、本日はあの有名な文学作品からこの言葉を。
***
世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実態があるのでしょう。
(中略)
(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
太宰治『人間失格』
***
『人間失格』は、定期的に読み返して大庭葉蔵に思いを馳せたくなるのですが、今になってこの言葉が響くようになりました。人生の指針にしたい。
2回続けてどこか湿っぽい文章になってしまいましたね。
残りの期間で明るい話題も綴れるよう、まずは納得のいく道を選んでいきたいと思います。
では、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。







