睦月ターシャのキャンパスライフ#1 ~東京通い編~
かつて、自分たちの地元のことを、田舎と言っていた知り合いを思い出した。
それを聞いた時、そんなに田舎ではないだろうと思っていた。多分、実際田舎ではない。
でも。
今目の前に広がる東京に比べたら、田舎と呼ばれてもしようがないのかもしれない。
東京に降り立った私は、人波を見つめながらそう考えた。
私は実践女子大学に通うこととなった、一女子大生である。
本名を名乗る訳にはいかないけれど、名前がないのは不便だ。
なので、一月生まれなところから取って、苗字は睦月。
下の名は、田んぼの田に校舎の舎__つまり「田舎」__で、ターシャ。
睦月ターシャと名乗ろうと思う。以後お見知りおきを。
このブログでは、東京に紛れる私の日常を記録させてもらおうと思う。
なんと今年度の国文学科ブログの学生としてのトップバッターとなって、少々緊張している。だが、自分なりに好きに綴らせていただこう。
文章は好きに書くほうが面白くなるというのが私の持論だ。
今回は、東京のキャンパスに、田舎者の私が通い始めた4月頃を回想して書いていく。
東京はすごい。
まず、人が沢山いる。馬鹿みたいに単純な感想だが、本当にそうなのだ。
地元から通っている私は、毎日比較が可能だ。
地元でこんなに人が歩いているのを見るのはそうそうない。見るとしたら夏祭りの時なんかだが……東京では毎日こうである。
そしてみんな歩くのが速い。私が歩くのが遅い、というのもあるが。
にしたってみんな人波をうまく避けて躱してするする進んでいく。さっきまで後ろにいたはずの人が、数メートル先にいる。おかしい。
私はいつも人の往来を突っ切れなくて止まってしまうというのに何故。
そう思って人々を観察・考察していると、どうやら人間達を突っ切るには思い切りが大事らしいと気付いた。
東京ではあまり人を気にする様子が見られない。というと語弊があるが……みんなあまり周囲の人を気にしてないように思う。
今通るとぶつかるかも、なんて考えすぎず、ちょっと思い切って足を踏み出すのが重要なようだ。
気にしすぎず冷ややかに、けれど大胆に動かねばならない。
なるほど、なんだか都会チック、なんて思った。
他にも、東京で歩いていて気づいたことがある。
東京は走らない。たとえ信号が赤になろうが、車が通りたそうにしていようが。
最初は、いったい何故なんだと不思議に思っていたが、次第に分かった。
走らないというより、走れないのだ。人が多すぎて。
走ろうとしても前の人に突っかかって、進むどころかつんのめって転びそうだし、そもそも自分一人走ったところで他の人がいる。ただ危ないだけだ。
先述した周りを気にしているように見えないという件も、気にして止まっているほうが危ないからこそ、皆々気にしなくなっていったのだろう。
これに気付いた時、一気に腑に落ちて、やっぱり都会はすごいなぁ、人がいっぱいいるからこそこういう特徴が生まれてくるんだなぁ、と思ったことを覚えている。
そんな感じで人波を見つめていると、なんだか急に「この人たちにもそれぞれの人生があるんだよな」なんて考え始めてしまう時がある。
そうすると、感慨深くなって、人々が、人混みが、ちょっと愛おしくなる。
地元は好きだ。ちょうどよい人口数、利便性の高い交通網、遊び場も多めで、大好きな人たちが住んでいる。
でも、渋谷もなかなか、楽しい街である。
すっかり通いなれた今でも、渋谷に対する評価は変わっていない。
キャンパスライフというものはまだ始まったばかりだが、この楽しい街で、楽しく享受していこうと思う。
最後まで見てくださりありがとう。
貴方の日常が良いものであることを願います。それでは。







