夢か、あるいは。
こんにちは、睦月ターシャです。
今回はキャンパスライフシリーズから趣向を変えて、小説とエッセイの間のような、過去個人で書いて誰にも見せていなかった文章を掲載しようと思います。
題名の通り、夢に関わるお話です。
それではどうぞ。
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夢を見る。
人によって、見る夢はまちまちだ。
意味の分からない状況で過ごしている人や、怖いものに追いかけられる人、あるいはもう会えない人に会える人。
私は、状況は奇異であることが多いが、たいてい“生活”を営んでいる。
どこかへ遊びに行っていたり、学校にいたり、とにかく“生活”しているのだ。
存在するはずのない場所にいたり、女子校に通っているはずが共学になっていたりと、現実と差異はあるものの、自然にその時の私は暮らしている。
元々、私は夢を見る性質ではなかった。
だのに、いつからかこんなに、眠る度夢を見ている気がする。
しかも、あまりにも“生活感”というか。まるで普通の“人生”の一端であるような感覚がある。
そのうち私は、ただの夢を見ているのではなく、並行世界の自分の営みを一時的に体験しているのではと思うようになった。
そうすると、謎の生活感が多分に含まれているのにも合点がいく。
並行世界の私にとって、それは何の違いもなく“生活”であるのだから。
そう考えるようになってからも、私は様々な別の私の暮らしを垣間見続けた。
ふと、ある疑問が浮かんだ。
私が“現実”と考えている日々が“夢”でない確証はどこにある?
何故、ここが“現実”だと言える?
本当はここも、生活感のある“夢”の一つに過ぎないのではないか?
今日も私は考える。
私はいつか目覚めて、本当の現実へと戻るのだろうか。
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眠る度夢を見るのも、今ここが本当に現実か確信が持てない状態も、未だに続いています。
夏休み中は一日の半分以上寝て過ごす日もあったので、むしろ一時期に比べると度が増した気もします。
見てくださりありがとうございました。
良き夢、あるいは、良き現実を。







