秋の音楽『仮面舞踏会』
夕立や雨風が強くなると、今まさに季節が移り変わろうとしている瞬間だと感じる。
「秋なんてもういない!」
確かに。夏の湿気の暑さから急降下する冬への変わり様は、毎年驚くくらいの早さである。でも、意外と秋は存命中。なんなら今が初秋ともいえる。ブティックは茶色や紅葉色に衣替え、百貨店も味覚はすっかり旬を彩る芋や栗を使った御菓子に。
では、「音楽」の秋はいかがでしょう。侘しさを詠う日本の風流とは変わり、異国の熱のある悲劇を奏でる一曲をご紹介します。
ハチャトゥリアン 組曲「仮面舞踏会」
舞台は1835年の帝政ロシア。上流社交界で展開される悲劇を描いた劇音楽から組曲に編成された。物語の中心となるのは、かつて敏腕の賭博師として知られた主人公・アルベーニンとその妻・ニーナである。ニーナが仮面舞踏会にて落とした腕輪をきっかけに、物語は悲劇へと向かう。夫婦関係や男女の愛情のあり方についての新旧の価値観の軋轢、19世紀ロシアの上流階級という閉じられた社会の特殊性。表裏に隠された悲劇と復讐譚を描くはじまりが「仮面舞踏会」なのは、ある種のロマンともいえる。定められた旋律の中で、歪んだ心情が垣間見える。
救いようのない物語の世界とは打って変わり、組曲の編成の順番は劇で使用された時と真逆の組み方をされている。1番目は短調のワルツ。2番目はバイオリンが独奏するノクターン(夜想曲)。3番目は1番目と対比させるマズルカ。4番目はロマンス。そして最後に、不安定な明るさを持つギャロップ。明暗がはっきりと曲によって分かれるこの組曲は、上流階級に対する批判的価値観から生まれた1つの独立した音楽になる。 1・3・5番目の曲では、舞踏会を中心に皮肉や疑問・貴族という華やかさに隠れた人々の影を描く。一方で、2番目と4番目では主人公たちの内面に触れる描き方をしている。しかしそのいずれもが次第に激しく、鋭利になっていく構成となる。ギャロップではまさに、劇での終わり方ではなく、音楽としての締めくくりとして、上流階級を嘲るような幕引きをしている。
そのアンニュイさ、冒頭から不穏を奏でるワルツといったら…!
組曲として完成度が高く、満足感のある音楽である。ストーリーを知らなくても、この曲を聞いたら秋風を寂しがることはない。浸る憂いよりも、滑稽なワルツが足を連れていく。もつれながら月の光を笑い、指先に誓う。夜を抱えてこそ、気高く美しく踊れるのだと。
ペンネーム:さくらんぼ