山田 里奈先生
「貴様」「お前」もかつては尊敬語!?
日本語の待遇表現の変遷を明らかにすることを目指して
山田 里奈
Rina YAMADA
文学部 国文学科
専門分野・専攻 日本語学、日本語史、待遇表現、近世後期江戸語、明治期東京語
Rina YAMADA
文学部 国文学科
専門分野・専攻 日本語学、日本語史、待遇表現、近世後期江戸語、明治期東京語
[プロフィール]早稲田大学教育学部国語国文学科卒業、早稲田大学大学院教育学研究科国語教育専攻および早稲田大学大学院教育学研究科教科教育学専攻修了。2022年4月より現職。
「3つのポイントで分かる!」この記事の内容
- 「わかった!」という感動を伝えたくて教員を志し、敬語の変遷に関心を持ち研究者の道に進んだ。
- 近世後期江戸語から明治期東京語における待遇表現とその変遷を明らかにすべく、文献調査を通じて研究している。
- 学生との実践的な学びを大切にし、多様なテーマを尊重しながら、教育と研究の両立に取り組んでいる。
「わかった!」の感動を伝えたいという思いから、教員・研究者の道へ

教育への関心が芽生えたきっかけは、大学受験の際に通っていた予備校での経験でした。とても面白い教え方をする先生がいて、授業を受けながら「ああ、なるほど!」と腑に落ちる瞬間が何度もありました。その「わかった!」という感動を、今度は自分が伝える側になりたいと思い、大学は教育学部の国語国文学科に進学しました。
国語国文学科を選んだのは、単純にほかの科目よりも国語が得意だったからですが、大学2年次に受講した授業で紹介された、「貴様」という言葉の変遷について書かれた論文との出会いが一つの転機になりました。「貴様」はもともと相手を敬う言葉でしたが(最初から最も高い敬意を表したわけではありませんが)、現代では軽卑語として使われています。「お前(御前)」も同様で、平安時代は身分の高い相手に対して用いる言葉だったのが、現在では目下に対して使われるようになっています。このように、使用頻度や時代の移り変わりに伴い、言葉や表現に含まれる敬意が徐々に薄れていく現象のことを「敬意逓減(ていげん)の法則」といい、この日本語の変遷に強い興味を抱きました。
江戸から明治へ──

現在は、近世後期江戸語から明治期東京語における丁寧な言葉遣い、特に丁寧語の体系を明らかにする研究を進めています。このテーマにたどり着いたのは、「丁寧語について」という論文が発端でした。この論文では、「です」よりも丁寧な言い方として「ございます」がある(例:「山田です」→「山田でございます」)一方で、「ます」にはそれに相当するより丁寧な言い方がない(例:「行きます」にはより丁寧な表現が存在しない)という、現代日本語における丁寧語の体系の不均衡が指摘されていました。それを出発点に、近世後期江戸語や明治期東京語における謙譲語や丁寧語を量的、質的に明らかにし、体系的な変化を示す研究に取り組み始めました。敬語の用例を収集すべく、洒落本や滑稽本、人情本、小説などの資料を1ページずつめくっていく作業は根気のいるものですが、「こういうことだったのか!」という気づきの瞬間があり、そのたびに研究のやりがいを感じています。
今後は、「挨拶の場面」「謝罪の場面」のように場面ごとに用例を収集し、当時の丁寧な言葉遣いの特徴について探っていきたいと考えています。さらに、明治後期から大正へと研究対象期間を広げたり、学生たちがリアルに使っている現代の敬語との比較を試みたりしたいと思っています。
お嬢様言葉からオノマトペまで。ゼミから広がる日本語研究の世界

授業では、近世後期江戸語や明治期東京語の話し言葉が反映されている資料を読み、気になった事象について発表してもらう演習科目などを担当しています。Respon(出席カードやアンケートを提出・共有できる無料アプリ)やワークシートを活用し、学生が自ら考える時間を確保するとともに、受講生同士の意見が視覚的に把握できるような工夫をしています。
また、2年生後期に開講される必修科目「国文学科プロジェクト入門」も担当しています。これは、日本語・日本文学研究と現代社会の接点を模索し、発信することを狙いとする授業で、今年度は江戸時代の料理のレシピを当時の言葉遣いで再現し、料理番組風の動画制作に挑戦します。将来的には、食品メーカーや酒造メーカーとのコラボレーションを通じて、産学連携の取り組みへと発展させていければと構想しています。
ゼミにおいては、広義の近代語、つまり室町時代以降から現代までの日本語を対象としていればどんなテーマでも受け入れており、ゼミ生の研究テーマは実に多様です。たとえば、VTuberが用いる現代的なお嬢様言葉と伝統的なお嬢様言葉を比較した研究に取り組む学生もいれば、スポーツ漫画やお菓子の広告で使われているオノマトペを分析する学生もいます。学生たちの自由な発想から生まれるテーマは、私自身の研究を深める上でも大きな刺激となっています。
日本語学・国語学が育む思考力を糧に、自分らしい道を切り開こう!

日本語学・国語学から得られる知識を、直接的に生かす機会は少ないかもしれません。しかし、その学びの過程で身につく調査の手法や、調査結果をわかりやすく伝えるスキルは、社会に出てからも役に立ちます。日本語学・国語学と聞くと「文法ばかりで堅苦しそう」と思われがちですが、音声学や音韻論、語彙論、社会言語学といった様々な分野があり、研究対象の広い魅力的な学問です。ぜひ、先入観を持たずに飛び込んでみてください。
また、学生の皆さんには自分の頭で考えることを大切にしながら、自分がやりたいこと、好きなことに思い切りチャレンジしてほしいと思っています。それはゼミでの研究テーマを見つける手がかりになるだけでなく、将来、自分自身のライフワークを形作る軸にもつながっていくはずです。ちなみに、私自身は子育ての真っただ中。研究との両立は決して簡単ではありませんが、実践女子大学でのこの仕事こそが、自分の人生の大切な軸になっていると実感しています。学生の皆さんにも自分の納得できる道を選んでもらえるよう、全力で応援してまいります。