駒谷真美教授「メディア社会論」
「メディア社会論」の概要
副題は、「メディア社会を生き抜くために、その深層に迫る」。私たちが生きる現代は、情報が氾濫するメディア社会でもある。この講義は、こうしたメディア社会を生き抜くチカラとなるメディア情報リテラシー(MIL)の育成を目的に、メディアによる社会現象の事例を取り上げ、その背景や、現在生じている問題点、未来への影響や可能性を解説していく。そして、①active audienceとしてメディア社会に参画する意識を高め、②メディアの利便性と危険性について認識することで、MILを習得するとともに、広い視野と深い洞察力を身につけ本質を見抜ける力を蓄積していく。
楽しみながら、考えながら。メディアの「光と影」を見つめ、
高度情報社会を生き抜くメディア情報リテラシーを身につける。
対面型からネットを介した姿まで。コミュニケーションの今と昔を知る
講義開始を告げるチャイムが鳴り終わった途端、教室に「こんにちは!」と先生の元気な声が響く。挨拶を返す86人の学生たちの雰囲気も、なんだか楽しそうだ。第13回の本日の講義テーマは「つながりを模索する社会 (1) メディア・コミュニケーション:SNSでつながる確かさと危うさ」。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を使ったコミュニケーションのメリットを学ぶ。
「SNSについて触れる前に、これまで人々がどのようにコミュニケーションを図ってきたかを見ていきます」と先生が講義を開始。「すごく重要な話ですよ。覚えてくださいね!」と、ホワイトボードに板書されるキーワードに、学生たちの眼差しが真剣になる。
最初がF t F(Face to Face Communication)。「リアルの世界での対面型コミュニケーションです。メリットは、性別や年齢、地位などの“見てわかる”社会的情報や、表情、声の調子など非言語的情報が得られること。物理的な場所を共有する反面、場所や時間を拘束されることがデメリットになります。煩雑な人間関係もあります。F t Fは有史以前からあるスタイルで、古典的だけどなくなることはありません。」
次がCMC(Computer Madiated Communication)。「これはコンピューターが介するコミュニケーションで、1990年代頃に始まったもの。インターネット上で好きなコミュニティに参加して仲間とつながります。メリットは、手軽にアクセスできること、匿名性があること。そして社会的地位や年齢などにとらわれず対等な立場で関係が結べること。学校や家庭で人間関係がうまくいかなくても、ネットのコミュニティには居場所がある。CMCのおかげで、社会的孤立から免れた例もあります」
そして、ここ数年で発達してきたのがSMC(Social Media Communication)。「これはSNSなどのソーシャルメディアを介したもので、ネットのコミュニティと現実の社会とがシームレスにつながった中でのコミュニケーション。SMCでは、誰もが情報の受け手・使い手・作り手・送り手になれます。同時性と双方向性を兼ね備え、コミュニケーションのいいとこどりをしているのが特徴です。それから、1人の人間がいろいろなコミュニティでいろいろなアイデンティティを持つことができます」「みなさんは、こんな風に普段のコミュニケーションしていると把握してくださいね」と解説を締めくくった。
その後、間髪を入れず「ここでSNSを使った面白いコミュニケーションの新旧のケースを紹介します。私的には気に入っているので見てください!」と先生はモニターに動画を流し始めた。まずはVine。6秒の動画をアップできるサイトである。「Vineは、既にサービスは終了していますが、当時話題になったのが、ごく普通の女子高生が作った動画です。この子はこれで注目されて、テレビ番組や映画に出演しました。1人の子が撮った動画がたくさんの人に“いいね”されていく、そういう面白いコミュニケーションが広がりました」学生たちは動画の女子高生の変顔に時々笑い声をあげながら、興味深そうに見入っていた。次に、紹介されたのが、最近小学生や中学生、高校生に大人気のTik Tok。15秒のショート音楽動画を作成するコミュニティアプリである。にぎやかな音楽とともに、ポップな映像が次々に映し出されていく。登場するのは皆10代の子たちで、音楽に合わせて踊ったり、投げキッスしたり。男子や、小学生に見える子もいる。見終わると、先生は学生たちに「あの動画見てどう思う?」と問い掛けた。「音楽がうるさい」「後で黒歴史になりそう」「よく顔を出せるなあ、と思った」などなど、否定的な声が相次いだ。「皆さんに受けるかなと思って流してみたんですが」と先生は笑い、「これが来年も流行っているかはわかりません。すごい勢いで廃れるかもしれません。それがSNSです」とコメントした。
ネットの人は信用しないが、実際に会うと信じてしまう!?
さらに講義は佳境に入り、SMCの実態がデータにどのように表れているかになった。ここで先生が用いたのが『情報通信白書』(総務省)である。その時代ごとのメディアの情勢や、何が流行っているか、各世代がメディアをどのように利用しているか、といったことを総務省が調査して結果をまとめたものだ。「このような白書は、一般的な社会動向を知るには、すごく便利で信頼性の高い文献です。レポートや卒論では、“エビデンス”といって論の根拠になる文献が必ず求められます。Wikipediaのように誰が書いたかわからないものは文献として利用できないので、こういう白書の存在を覚えておいてくださいね。“お気に入り”に登録してもらってもいいですよ!」とアドバイスしながら、先生は白書の最新グラフをモニターに表示した。
見ていったのは、「個人のインターネット利用者の割合の推移」「インターネットで利用した機能・サービス」といったデータだ。ここ10年で60~70代のインターネット利用者の数が増えていること、SNS利用率は10~30代が高く60代以降でがくんと下がることなどが読み取れる。「こうしたデータから、SMCにも世代差があることがわかりますね」と先生が解説。「ソーシャルメディアによる情報発信・閲覧」の状況を国際比較したデータにも触れる。これはSNSごとに自ら情報発信を行っているかどうかの統計を国別にとったもので、LINEは日本では利用率が高いが他国ではあまり利用されていないなど、SNSの利用状況にもお国柄があることを浮かび上がらせている。こうして、学生たちは、SNSの日本と海外の最新動向をデータから読み取っていった。
続いて今回の講義のメインになる「ソーシャルメディアのメリット」について、先生が白書の見解を伝える前に、まず学生たち自身の意見を聞いていた。それは、講義前に大学ポータルのレスポン(スマホやタブレット・コンピュータからリアルタイムでアンケートに回答でき、即時に結果を共有できるアプリ)を使ったイントロアンケートで「SNSをやっていてよいと思うところ」を聞いていたのである。学生たちの回答が一斉にスクリーンに映し出された。「都道府県を超えて友達ができた」「思い出を共有できる」「メイク方法を動画で学べる」「とりとめのない話を気軽にできる」など、テンポよく紹介され、様々なメリットが浮き彫りになっていく。先生は「これを見ると、皆さんSNSを楽しんでいることが伝わってきて、良かったなあと思います」と言い、『情報通信白書』のデータと照合しながら、「 “新しいつながりができたこと”“既存のつながりが強化したこと”“情報の収集”“暇つぶし”の4つが、SNSを利用して良かったこととしてあげられているとわかります。日本では“情報の収集”や“暇つぶし”の割合が高いけれど、アメリカやドイツでは“既存のつながりの強化”が高くなっています。SNSを利用する目的も、国によって違うということですね」と、学生たちのコメントと関連付けていた。
さらに「オフラインやオンラインで知り合う人の信頼度」「オフラインで会うかどうか」「オフラインで実際に会ったことによる信頼度の変化」という興味深いデータも取り上げられた。先生は「これ面白い内容です」と前置きし、「日本人のほとんどが、SNSで知り合う人を信頼できないと思っている。ところが、知り合った人とオフラインで会うことは結構あって、そうすると半数以上の人が“信頼度が高まった”といっている。日本人の微妙な心のひだみたいなものが、こうしたデータから感じられますね」と解説した。そして、「この辺りのことは、次の講義で取り上げるメディアの影に関わるので覚えておいてくださいね」と次回の講義内容「つながりを模索する社会 (2) メディア・コミュニケーションの落とし穴:リベンジポルノ・デジタルタトゥー、ネット社会で消せない過去」の伏線にしていた。
自分はSMCどのタイプ?マイペースキャラ?大衆キャラ?ぼっちキャラ?
講義が中盤から終盤になる頃には、電通が分類化したSMCの若者タイプ10種類をクイズ方式で紹介し、「みなさんは、どのタイプ?」とレスポンで尋ねた。即座に学生全員が自分のタイプを回答し、先生はその結果を照らし合わせて、SMCにおける情報の共有と探索を2軸にしたグラフで解説していった。ラストは、NHK「ねほりんぱほりん」の「キラキラアカウントの中の人偽装女子」の映像を視聴し、豚のパペットがSNSのリア充生活を話すシニカルでペーソスがある内容を見ながら、学生たちに改めてSNSの世界を問う形で終了した。
笑ったり、考えたり、スマホでアンケートやクイズに参加したり、講義中にインタビューされたり、最新のデータを読み取ったり、面白最新映像を見たり、90分が瞬く間に過ぎた。
オープンマインドで多くのメディアに触れ、必要な情報を自ら選び取ってほしい
メディアとは、インターネットのポータルサイトやSNS、テレビ、新聞といった情報媒体のこと。「MIL」はこうしたメディアから発信される情報を主体的に読み解いて現代の高度情報社会を生き抜くチカラを指すもので、2011年にUNESCOが提唱した。
駒谷先生はこのMILに着目し、講義や演習を通じて学生に習得してもらうことを目的に指導にあたっている。「現在、本学で学んでいる学生は主に2000年以降に生まれた人たち。この世代は生まれた頃からインターネットなどのデジタルメディアがあり、慣れ親しんで育った“デジタルネイティブ”です。この世代にとって、メディアは空気のように当たり前の存在になっています。だからこそ、メディアの負の側面を系統だって学ばないまま大人になりつつあることを懸念しています」「もちろん、メディアにも良い点や優れている点はたくさんあります」と先生は続ける。「しかしその反面、発信されている情報の中には間違ったものや、誰かの意図が込められたフェイクやデマも存在します。また、個人情報がいったん流出してしまうと半永久的に残ってしまう、デジタルタトゥーのリスクがあることも知っておく必要があります。インスタやツイッターで何気なく発信する一言や一枚の写真で、人生の軌道がずれてしまったケースもあるのです」
こうしたメディアの「光と影」について学生がスムーズに理解を深められるよう、『メディア社会論』では、15回の講義構成が凝っている。まず「稠密化・重層化・複合化する間メディア社会」については、アナログメディアとデジタルメディアの歴史と特性をミルフィーユのように例えて解説していく。次に「消費を享受する社会」では、クロスメディアの例として「妖怪ウォッチ」を取り上げ「ポケモン」と比較したり、キャラクタービジネスの例として「初音ミク」「くまモン」から著作権フリーの動向を伝えたりする。一遍、「疎外される社会」では、「はだしのゲン」の閲覧制限問題、「松本サリン事件」の報道被害、東日本大震災「フクイチ」の情報操作と情報格差・情報強者と弱者問題を鋭く探る。そして「現実と仮想を彷徨う社会」では、ディズニープリンセスの遍歴・「アナ雪」に見る女性像の変容・JS(女子小学生)ブームに見る読モ(読者モデル)願望を紹介しながら、メディアが植え付けるステレオタイプを疑似体験する。「メディアに依存する社会」では、ゲーム・スマホ依存症の最新の動向を紹介し、自分とメディアとの依存関係を考える。そして最後に、今回の「つながりを模索する社会」で、メディア・コミュニケーションについて、メリットとデメリットを考える。講義のトピックは、親しみやすいコミカルものから近寄りがたいシリアスなものまで取り上げることで、次第にメディアの光と影を認識してもらう構成になっている。Tik Tokや#Me Tooのような、現在進行形で社会現象を引き起こしているトピックも積極的に盛り込むとのこと。「こうした話題の時は学生の反応もビビッドで、やはり関心があるのだな、と思わされますね」
ICTを活用するのもこの講義の特徴になっている。「今回もそうでしたが、講義前や講義中にちょっとしたアンケートを行う時は、レスポンを使って結果をすぐにモニター表示したり、寄せられたコメントを紹介したりしています。従って、この講義では学生のスマホ利用を推奨しています。タブレットやパソコンの持ち込みも、もちろんOKです。80人を超える学生たち、ひとり一人がアクティブかつインタラクティブに講義に参加してもらえたらと思っています」「各回のテーマに関連する動画を放映したり、メディアや報道に関わる外部講師を招いたりして、学生が常に興味を持って受講できるよう工夫している」と先生は語る。
この講義は2年次の学生を対象としているが、「体系的なMILを身につけるためには、単年の学びではなくある程度の時間をかけて、さまざまな角度からメディアを理解しリテラシーを育んでいく必要がある」と先生は言われる。
最後に、メディアに関心を持つ学生にメッセージをお願いすると、「触れるメディアを限定せず、いろいろなものにアクセスしてほしいですね」と先生。「心をオープンにして、ふと抱いた疑問もそのままにせずに複数のメディアを使って検証してほしい。多角的な視野を持つことでフェイクやデマに踊らされず、災害などの時にも必要な情報をしっかり見極めることができるでしょう」「講義で話している内容も一般的な理論も説明しますが、私の見方や考え方が反映されています。なので、私の講義を15回最後まで聴いたら、一回忘れてもいいですよ。でも何かの拍子に思い出して、これはフェイクニュースじゃないの?誰かが情報操作しているの?この報道で弱者になる人は?と、自分で考えてねと学生に言っています。漢方薬のようにじんわりでもしっかり効いてもらえたらいいですね」と先生はいたずらっぽく笑った。
「メディア社会論」受講生の声
この講義に対する学生の満足度は高く、今回、話を聞かせてくれた4名からも「興味をかき立てられるモチーフが毎回取り上げられて飽きない。先生の講義スタイルもユニークで好き!」「メディアについて、駒谷先生からもっと学びたい、と考えるようになった」という声が。「ある資格の取得を目指していて、それに関わる講義が同じ時間なのでどちらを履修しようか迷った。『メディア社会論』はどんな講義になるのか先生にメールで訊ねたら、“ゲストの方もたくさんお招きするし、メディアに興味があるならこの講義は必ず有意義なものになると思う”と返信が来て、迷わずこちらにした」と話してくれた学生もいた。
この講義にはどんな特徴があるのか聞くと、まず返ってきた答えが「参加型」。「折々質問が投げかけられて、回答するとすぐモニターに表示される。その質問に対してみんながどんな風に考えているのか知るのがいつも楽しみ。それまで自分の中になかった、いろいろな視点に出会える」また、テーマに関わる映像を流し外部講師を招くなど、さまざまな工夫が凝らされているので講義時間がすぐに過ぎてしまう、という声もあった。簡単に良い悪いが判断できない難しい話題や、メディアのマイナス面について学ぶ良い機会にもなっている、とも学生たちは語る。「松本サリン事件や、東日本大震災のフクイチに関する報道など、ちょっと目をそらしたくなる話題も、メディアについて学ぶ以上は向き合わなきゃならない。けれどそんな時は、元福島中央テレビの副社長さんを招いて、災害特集の番組作りから現場の被災者の目線を知るなど、学生が受け入れやすいように先生が配慮してくれている」「災害やネット依存について触れた講義では、テレビ朝日の災害報道担当部長さんのお話を実際に聞いて、リフレクションシート(講義の感想などを記入して提出する用紙)をどうまとめようか悩んだ。その時、普段そうしたことを言葉にする機会がなかった、と気づいた」「すごくいろいろ考えるので、リフレクションシートの“200字”という規定では収まり切らない。何を捨てて何を書くかといった、編集的な面での思考のトレーニングにもなっていると感じる」
駒谷先生の講義を受けて、「メディアとの付き合い方が変わった」と学生たちは言う。特に、「これまではSNSで流れてくる情報をほとんど疑わずに鵜呑みにしていたが、正しいかどうか考えるようになった」という意見が多かった。「自分が今まで無防備だったことを自覚した。これまで時事情報はTwitterのトレンドを流し見する程度だったが、今はリンク先のサイトにアクセスしてより詳しい情報を読んだり、さらに別のサイトもチェックしたりして正確かどうか確かめるようになった」「すべての情報をいったん批判的に見るようになった。その情報の背景にどんな状況や意図があるか考えるようになった」といった声があがった。ネットゲームが大好きなある学生は、これまでオフ会などでネットの知り合いと会うこともあったそうだ。しかしこの講義で、そうした人と会ったことでお金をだまし取られたなどの被害事例を知り、「自分の行動が危険と隣り合わせだったと気づいた」と話す。「これまでは何もなかったけれど、これからもそうとは限らない。今はオフ会に行くこともないし、SNSに写真をアップする時も個人情報が特定される要素が入っていないか気を配るようになった」
この講義で学んだことを今後どう活かしたいか訊ねると、「受け手・使い手の視点を学びつつ、送り手・作り手としての知識とスキルを身につけて、将来はメディアの方向に進みたい」「情報科の教員を目指している。最近はメディアのリスクに目が行きがちだが、その一方で、学びを楽しくし、将来の選択肢を豊かにするといったプラスの面もある。情報を有意義に使いこなす方法や視点を伝えられる先生になりたい」といった答えが返ってきた。「将来のことは特に決まっていないが、Twitterでリツイートする時にその行動が正しいかちょっと手を止めて考えるなど、この講義で学んだことをメディアとの関わりに活かしていきたい」という声もあった。最後に、この講義を有意義に受けるための姿勢やコツを訊いてみると、「ICTを活用する講義なので、タブレットやパソコンを持っている人は使うと効率よく講義が受けられる」「毎回違う話題を扱っているので、1回でも休むともったいない。休まないことが一番大切!」といったアドバイスが寄せられた。
駒谷真美教授のプロフィール
聖心女子大学大学院文学修士取得・Mills College Graduate School, USA, Master of Arts(Early Childhood Education)取得・お茶の水女子大学大学院 博士(学術)取得。
2017年度から実践女子大学に就任。
「赤ちゃんからシニアまで、生涯を通してメディアと楽しく上手につきあう」研究を、科研費や外部競争資金助成を受けて、国内外で展開している。NHKやベネッセ、公立こども園の外部委員を歴任している。
総務省や教育委員会など自治体や公共団体での講演や、テレビ・新聞・雑誌など各種メディアへの出演も多数行っている。現在、『渋谷のラジオ』にゼミ生と一緒に月1回木曜日に出没中?